翻訳にはさまざまな分野があり、分野ごとに大事なポイントも異なります。
今回は、技術翻訳で重要なことについてお話します。
技術翻訳に欠かせない3C
まずは3Cについて。3Cとは、Correct (正確さ), Clear (明確さ), Concise (簡潔さ)のことです。
最も基本的な事項ではありますが、この3Cが最も重要であり、日々翻訳しているときに一番注意していることです。
Correct (正確さ)
技術翻訳においてまず大事なことは正確であること。
「正確さ」はどの翻訳分野においても重要なことですが、文学作品のように意訳が許される世界と違い、技術翻訳は原文に忠実であることが求められるため、正確さは必須条件です。
Clear (明確さ)
次に重要なことは、明確であること。不明瞭な文では何を言いたいのか理解できません。
私の場合は日英翻訳を主に行っているため、原文は日本語になりますが、技術文書であるにも関わらず不明瞭な日本語が多々あります。
日本人が読んでも不明瞭に感じる日本語を明確な英語に翻訳するのは至難の業です。
でも技術翻訳ではそれが求められるのです。
「上手な英訳は、下手な原文(日本語)よりわかりやすい」と技術翻訳業界でよく言われます。
日本語は主語や目的語がなくても文が成立しますが、英語は必ず主語と述語が必要であるため、抜けだらけの日本語を読むよりも、全て補われている英訳の方が理解しやすいということです。
そのため、日英翻訳者は「原文よりも読みやすい英訳作成をすること」を目指すべきと言われます。
これを達成するには「明確さ」が欠かせません。
Concise (簡潔さ)
簡潔さは読みやすさにつながる大事なポイントです。
日本語は冗長にすることでそれらしく(=正式な文章っぽく)なる部分があります。
たとえば、特許文書では「この情報処理装置は、…する装置である」といった文が散見されます。
日本語ではごく普通の文ですが、英訳すると “The information processing device is a device that perofrms ….” のようになり、冗長です。
これは単に “The information processing device performs ….” でよいと思います。
同じような例では、「図1は…を示す図である」という文を “Fig. 1 is a diagram illustrating …” と訳されているのを見かけますが、とてもまどろこしいです。
“Fig. 1 illustrates ….” の方が読みやすいですね。
日本語はとくに「冗長さ」が好まれる言語のため、英訳する際にはできるだけ冗長さを取りのぞくことを意識しています。
能動態で訳すことを意識する
日本語は、「●●装置により〇〇処理が行われた」というように受動態で書くことが、客観的で技術文書にふさわしいと好まれる傾向があります。
これをそのまま英訳すると、なんとも読みにくい文に仕上がることがあるため、適宜能動態に変えることが必要です。
ただし、必ず能動態にすべき、ということではありません。
意図的に受動態にしている場合もありますので、その場合は受動態で翻訳します。
また、ごくたまにではありますが、クライアントから「態を変えずに翻訳してほしい」という要望を受けることもあります。
その場合は、どんなにおかしいと思っても、日本語に合わせた「態」で翻訳しなくてはなりません。
こういった要求をしてくるクライアントもいるので、翻訳には常に一定の制限があります。
その制限のなかで可能な限り良い翻訳を仕上げるのが翻訳者の使命だと思っています。
長文は意味ごとに区切る
日本語は一文が長くなることがよくあります。
日本語では何も問題はなく(むしろ短すぎるよりは多少長い方がそれっぽく感じる)、
例えば「この装置では、○○部が…し、▲▲部が…し、□□部が…することによって、●●部が…することになり、これにより処理が効率的になる」というような文もよく見かけます。
しかし、これをそのまま英訳するととんでもなく読みづらいことに。。
この場合は、意味を分断しないところで文を区切り、読みやすく工夫する必要があります。
いずれの文も日本語としては何の問題もないため、翻訳者がターゲット言語(=翻訳後の言語)に合わせた翻訳を行うことが重要です。
ひとつの用語にひとつの訳語が原則
同じ単語に対して、訳語が変わることはよしとされません。
一般的に、英語では同じ単語を繰り返すより言い換えることがよいとされています。
しかし、技術文書においては単語を変えるということは意味を変えるということ。
特に特許においては、単語を変えたことが何か意図があるように解釈されかねないため、必要がない限りしてはいけません。
ただ、例えば「通知する」という意味の “notify” は、notify + “誰に” + of + “何を”の順にしなければならないのですが、日本語では「○○を通知する」としか書かれていないことがよくあります。
「誰に」が分かれば補って”notify”を使うこともありますが、場合によっては “issue” など別の単語を使用します。
このような例外もありますが、基本的には1対1の対応を徹底することが重要です。
逐語訳と直訳は違うもの
逐語訳も直訳も意味としては「原文の一語一語を忠実に訳すこと」となり、基本的には同義語です。
しかし、翻訳業界では別のものとして扱われることがあります。
この場合、「逐語訳」とは、日本語の一語一語に完全一致させる翻訳を指し、「直訳」とは意味が変わらないようにそのまま訳すことを指します。
つまり、「この情報処理装置は、…する装置である」なら、
逐語訳は “The information processing device is a device that performs ….” と訳さなければならず、
直訳では “The information processing device performs ….”と訳しても良いということになります。
ただし、これはあくまで翻訳業界での使い分けのため、クライアントはこれを知らずに要望を出してくることがあります。
そのため、クライアントからの要望で「逐語訳にすること」とあった場合、本当に逐語訳にすべきか、直訳でもよいかはクライアント次第で変わります。
直訳にしたほうが3Cを達成したよい訳文ができますので、私の場合は基本的に直訳をしています。
ごくたまに「一語一語対応するように逐語訳にしてほしい」というクライアントがいるので、その場合のみ逐語訳にします。
翻訳者はつねにクライアントの気持ちを汲んで訳すことが重要です。
まとめ
以上、技術翻訳をする際に重要なポイントについてお話しました。
このポイントはすべて私が日常仕事をするなかで大切にしていることですので、参考になれば幸いです。